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東京高等裁判所 昭和44年(う)2268号 判決 1970年6月10日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人金子作造及び同原田策司共同作成の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。

論旨第一点の第一及び同第三点について

所論は、原判示の建造物損壊の事実につき、原判決は、本件損壊の目的建物部分(以下本件建物という)が被告人と曾定修との共有にかかるものであるとして、被告人の行為に対し建造物損壊罪を認めたが、(一)被告人と右曾との間に原判示のような契約が結ばれたこともなく、本件建物は、右曾が柯陳幸佳の所有する建物に正当権原なく増築したものであつて、右旧建物に附合して右柯の所有に帰したものであり、(二)又仮に本件建物の所有権が原判示のとおりであるとしても、被告人としてはこれが右柯所有であると認識していたのであるから、事実の錯誤により故意を阻却するものというべく、或は被告人に違法の認識がなく、且右認識を欠くにつき相当の理由があるから故意を認めることができず、(三)更に被告人の行為は、適法な自救行為又は正当防衛行為として違法性を阻却されるというべきであり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認乃至(右(二)及び(三)につき)法令適用の誤がある、というのである。

よつて、按ずるに、まず原判決挙示の関係証拠を総合すると、被告人が右曾との間に原判示のような契約を結び、本件建物については被告人と右曾との共有にする旨の合意が成立したことを認めるに足る。所論は、種々の根拠を挙げて、右認定に符合する原審における証人康鳴球の供述及び同曾定修の供述(以上公判調書中の供述部分、公判廷における供述及び尋問調書を問わず供述と表示、以下同じ)に信憑力がなく、これに反し、右認定に反する原審における被告人及び証人柯陳幸佳の各供述が信憑力を有することを主張し、その他右認定に対する反証として種々状況証拠を挙げ、或は被告人に不利と考えられる状況証拠の証明力を弾劾する等しているが、一部所論主張の肯定できる点はあるにしても、尚右認定を覆すに足りないものと認められる。右事実関係に照らすと、右曾は本件建物を権原によつて増築したものというべく、右が独立建物と同一の経済上の効用を有するものと証拠上認められること及び前認定のような本件建物の所有権の帰属についての合意を併せ考えると、右増築により所論のように不動産の附合が生ずるものとしても、原判示のように本件建物が被告人と右曾との共有に属するものと認めることに何等妨げとならないと認められる。又所論の故意及び違法性を欠く旨の主張は、いずれも前記認定のような契約がなく、右曾が権原によらず本件建物を増築した旨の事実を前提とするもので、前判示により明らかなように前提を欠くものであり、前記認定の事実に徴すればその理由なきことは明らかである。その他所論に鑑み、記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、且当審における事実取調の結果を併せ検討しても、原判決に所論のような違法があるとは認められない。論旨は理由がない。

同第二点の第一について

所論は、原判示の建造物損壊の事実につき、原審において、弁護人が法律上犯罪の成立を妨げる理由となる事実として、前記のような事実の錯誤及び自救行為乃至は正当防衛を主張したのに、原判決は、右主張に対する判断を示さなかつたものであり、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのであるが、按ずるに、所論の事実の錯誤及び自救行為についての各主張は、刑事訴訟法第三三五条第二項により判断を示すべき事項とは認められず、正当防衛について原判決が判断を示さなかつたのは、同条同項に違反する訴訟手続の法令違反となるが、右主張が理由のないこと前判示のとおりであるから、判決に影響を及ぼさないものというべきであり、原判決に所論のような違法はない。論旨は理由がない。

同第二点の第二について

所論は、原判示の器物毀棄の事実につき、起訴状記載は特定されておらず、公訴提起は無効であり、且原審における二度に亘る訴因変更は、いずれも公訴事実の同一性を害するものであるから許されないものであり、原審において判決に影響を及ぼすことは明らかな訴訟手続の法令違反(刑事訴訟法第三七八条第二号該当をも主張する趣旨であろう)がある、というのであるが、按ずるに、起訴状記載の訴因中目的物の表示は、いささか抽象的にすぎるが、事実の同一性を判断するには足り、未だ訴因が特定されていないため公訴提起を無効にさせるものとは認められないし、又訴因変更の前後の目的物に所論のような相異があるとは認められず、行為の態様においては相異があるとはいえ、未だこれを以て公訴事実の同一性を害するとは認められないのであり、原判決に所論のような違法があるとは認められない。論旨は理由がない。

同第一点の第二について

所論は、原判示の器物毀棄の事実につき、原判決が、被告人が堀川和己と共謀して鯉及びうなぎを水槽の栓を抜いて水を流す等の方法を以て死滅せしめた旨認定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認である、というのであるが、按ずるに、原判決挙示の関係証拠を総合すると、右の原判示事実認定を肯認するに足り、所論主張を以ては右事実認定を覆すに足らず、その他記録及び原裁判所において取り調べた証拠を精査し、且当審における事実取調の結果を併せ検討しても、原判決に所論のような違法があるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、本件控訴は理由がないから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

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